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東京高等裁判所 昭和61年(う)485号 判決

控訴人 各被告人

被告人 山下こと滝西日出男こと李日勲 外一名

弁護人 山口貞夫

検察官 松崎康夫

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ罰金一五万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金二〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人山口貞夫名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官松崎康夫名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、貸金業の規制等に関する法律(以下、本法という。)四八条三号、二一条一項は、貸金業者等が債権の取立てをするに当たつて、「人を威迫し……その者を困惑させてはならない」と規定し、これに違反した貸金業者等を処罰しているが、右法条にいう「威迫」、「困惑」なる概念は甚だあいまいであつて、かかるあいまいな概念を前提にその違反者を処罰するのは罪刑法定主義を定めた憲法三一条に違背し、本法の右条項は無効であるから、これを適用して被告人らを有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

しかし、本法二一条一項にいう「人を威迫し」とは、他人に対して言語・挙動をもつて気勢を示し、不安・困惑の念を起こさせるような行動をすることをいい(旧警察犯処罰令一条四号後段にいう「威迫」の意義に関する大審院大正一一年一〇月三日判決・刑集一巻五一三頁参照)、「その者を困惑させる」とは、その者に心理的圧迫を加え、その自由な意思決定に不当な影響を及ぼすことをいうものと解されるから、これらの概念は、所論のようにあいまいなものではなく、本法の右条項が憲法三一条に違反するものではない。原判決には所論のような法令適用の誤りはないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、原判決は公訴事実どおりの事実を認定して被告人らを有罪としているが、起訴状の記載によると「被告人三名は共謀のうえ……と語気鋭く申し向けるなどして同人を威迫したものである。」というに止まるところ、本法二一条一項は「威迫」とこれにより「困惑」させることの両面を兼ね備えた行為を禁止し、同法四八条三号はその違反行為をした者を処罰するのであつて、起訴状記載の如き相手方の困惑に至らない単なる「威迫」は本法の処罰の対象とならないから、原審としては刑訴法三三九条一項二号により決定で公訴を棄却すべきであつた、したがつて起訴状記載の公訴事実をそのまま認め本法二一条一項、四八条三号を適用して被告人らを有罪とした原判決は法令の解釈・適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、検討するに、本法二一条一項は、貸金業者等が貸付けの契約に基づく債権の取立てをするに当たつて、「人を威迫し又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により、その者を困惑させてはならない」と規定し、本法四八条三号においてこの規定に違反した者に対して罰則を定めているのであるが、本法四八条三号、二一条一項の罪が成立するためには、貸金業者等が貸付けの契約による債権の取立てをするに当たつて、人を威迫してその者を困惑させるか、その私生活若しくは業務の平穏を害するような言動によりその者を困惑させることを要するのであつて、単に人を威迫するのみでは足りないのである。

しかるに、被告人両名に対する本件公訴事実(起訴状訂正後のもの)は、貸金業者である被告人両名が、被告人杉山の従業員伊藤高啓と共謀のうえ、被告人杉山が田村茂に対し貸付けの契約に基づき貸付けた金三〇万円の債権の取立てにあたり、同人に対し「『今月の利息の支払いが遅れたことについては誠に申し訳ありません。私の身にどのようなことが起きようとも異議の申し立ては致しません』と書け」「ふざけるなこの野郎。襟首をつかんで引きずり出すぞ」などと語気鋭く申し向けるなどして同人を威迫したものである」というに止まり、右田村茂を困惑させた事実の摘示を欠いているから、被告人両名に対する起訴状記載の公訴事実には、本法四八条三号、二一条一項に対応するものとしては、不備があるといわなければならない。したがつて、原審としては、検察官に釈明し、起訴状記載の訴因を補正させたうえ審判すべきであつたのに、このような措置をとることなく、起訴状記載の公訴事実をそのまま認定し、これに本法四八条三号、二一条一項、刑法六〇条を適用して被告人両名を有罪としているのは、訴訟手続に法令の違反があり、かつ法令の適用を誤つたものというべく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである(なお、本件起訴状の記載の不備は、起訴状記載の公訴事実が犯罪を構成しないことが一見明白な場合ではないから、所論のように原審が刑訴法三三九条一項二号により決定で公訴を棄却すべきであつたとは認められない。)。論旨はこの限度で理由がある。

よつて、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条、三八〇条により原判決を破棄し、原審及び当審において取り調べた証拠により、当審において予備的に追加された訴因につき直ちに判決することができるものと認め、同法四〇〇条但書により被告事件について更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人杉山邦夫は、静岡県知事の登録を受け、「パークフアイナンス浜松店」の屋号を用いて貸金業を営む者、被告人李日勲は右「パークフアイナンス浜松店」の実質上の経営者であるが、被告人両名は、被告人杉山の従業者である伊藤高啓と共謀のうえ、被告人杉山が昭和五八年七月二九日田村茂に対し貸付けの契約に基づき貸付けた金三〇万円の債権の取立てに当たり、昭和六〇年一一月一五日午後七時一五分ころ、静岡県浜松市布橋一丁目一七番四号所在の同人方に押しかけ、同人を普通乗用自動車に乗車させて同県同市松島町所在の天竜川河口広場まで連行し、同所に駐車中の右普通乗用自動車内において、同人に対し、「『今月の利息の支払いが遅れたことについては誠に申し訳ありません。私の身にどのようなことが起きようとも異議の申し立ては致しません』と書け」「ふざけるなこの野郎。襟首をつかんで引きずり出すぞ」などと語気鋭く申し向けるなどして同人を威迫し、同人を困惑させたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は、刑法六〇条、貸金業の規制等に関する法律四八条三号、二一条一項に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、所定の罰金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金一五万円に処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、刑法一八条によりそれぞれ金二〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森岡茂 裁判官 朝岡智幸 裁判官 小田健司)

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